争走曲


 例えばさ。いつもより二十分、いつもより二十分早く起きただけで、あまり見たことの無い景
色に遭遇することなんて、あったりするのかな。今の僕がまさにそれなんだけど……。
  「今日はね、母さんお友達と出かけるから、ナオクン早く学校に行って頂戴。」
五時五十分。小学五年生が起きるには少し早い時間なんじゃないかな。まあ良いか。みんな
学校に来るの早いしな。ご飯を食べて顔を洗って着替えをしてっと。
「じゃあ母さん、行ってきますよぉ。」
「うい。元気で行って来いよ。」
 たったこれだけしかいつもと変わったところなんて無かったのに、僕は今、見知らぬサラリー
マンと競走している。学校に行く時いつも走っているから、その癖で走っていたんだ。途中いろ
いろな人を走って抜かしたよ。それと同じように、公園の前の道路でサラリーマンのおじさんも
抜かそうとした。そしたら、どうやら負けず嫌いのおじさんだったみたいで、向こうも走って僕を
抜かそうとしたんだ。そうして、今の事態に至るって訳。僕さ、最初吃驚しちゃって走るのやめ
ようとしたよ。ところがおじさんに、
「男なら自分の仕掛けた勝負は完遂させろぉ!」
なんて訳も無く熱い事言われちゃったら逃げられないし、それに、なんか逃げちゃいけないよう
な気がしたんだ。兎に角、そんなこというから僕も燃え上がっちゃったよ。信号まで来て、おじさ
んが僕に話しかける。
「信号っ赤っだけどっ!お前はぁ、ここの信っ号っ渡るのかっ?」
「わたぁんないよっ!べっつにぃ、ここで渡らっなくてもっまぁだぁ先にあるしぃっ!そんなことよ
りぃおじさんっ、息切れしなっがら話すのかっこ悪いよぉっ?」
「かははっ。何言って、ん、だぁっ!お前っもっ息切れぇしてるぅっだぁろっ!」
といって、おじさんが加速した。かなり早くなってしまった。このままでは引き離されてしまう。ち
っ!体育の授業を受けない社会人などに負けてたまるかっ!走れ僕!もっと加速するんだ力
の限りぃっ!走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れ走
れ走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れぇっ!周りの人が不審な顔でこちらを見ているけれど、そ
んなことなど気にしていられない。全力で走って、全力で勝負して、全力で学校へ向かう僕ら。
そして今……僕達は、学校へ着いた。
 「どっちが先に着いたの?」
「さぁな。多分、同時なんだろうな。お前、名前はなんていうんだ?俺は木本智紀。」
「へぇ、面白い名前だね。僕は片尾直孝。」
「ふん。回文か。俺と同じだな。ところでさ、お前、明日も学校来るよな?」
「はは。当たり前だよ。小学生だし、そうは休んでられないって。そっちこそ、会社に行くんだよ
な?」
「かははっ。休んだらクビ切られちまうよ。」
「そうだね。あの時間に?」
「ああ。会社遅れるからな。だがな、絶対に」
『明日こそは、勝つ!』
僕とおじさんの声が重なった。やっぱり、同じ事を考えていたんだ。
「じゃあ、またね、不思議な友達。素敵に奇異な体験ありがとう。」
「あぁ、まただ。おかしな友達。奇怪に楽しい時間をありがとう。」
会社に向かう、おじさん。僕も教室へと向かう。ああ、なんだろう。とても爽やかな気分だ。本当
に楽しかったからかな。でもね、おじさん。明日は最初から勝つ気で走るから、注意してね。

管理者メッセージ(隠)いやぁ、こういう変なサイトにまともな小説もいいもんですねw








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