登校日、早朝。(争走曲の姉妹作) 「母さんは黙ってろよ!…俺の進路は俺が決める」 「でもね、誠人、母さんはね、母さんはね…」 「もう良い!じゃあ俺、そろそろ行くから」 「待って誠人!朝ごはん…食べなきゃ…」 「行ってきます!」 俺は、母さんに見せ付けるように、わざと荒々しく玄関のドアを閉めた。 高校三年、夏休み前。 誰もが自分の進路を決定する頃。 俺は、母さんと言い争うようになった。 俺は専門学校に行きたい。 そして、デザイナーになりたい。 だけど、母さんは…普通の大学に行けと言う。 普通の大学行って、普通に就職しろって… 嫌だよ俺は。 オヤジみたいな没個性のカタマリになるのは。 毎朝毎夕、顔を合わせるたびに同じ事を繰り返し言い争い、毎日いらいらしながら登校、就寝 する。 今朝も例に漏れずに、だ。 いつもの様に、いらいらしながら交差点を曲がり、いらいらしながら信号を待ち、いらいらしな がら校門をくぐった。 シューズを取り出しながら、まだ誰も来ていない事を確認する。 いつものことだ。 いつも、俺が一番最初にクラスへ入る。 そして、まっすぐ俺の席に着き、そのまま30分くらい、他のやつらが来るのを待つ。 だから今日も、教室に入って直ぐ席につこうとした。 が。 俺の席に、他人が座っていた。 しかも、リーマンだ。 俺の席は大体教室の中央にあるのだが、 広い教室の真ん中に、背広を着た男が、1人ぽつんと座っている… 異様だった。 「…よお」 リーマンが俺に気付いたらしく、挨拶をしてきた。 幾ら俺が年下でも、初対面の人間に対する挨拶としては、随分ぞんざいなんじゃないか思う。 「こん…に、ちわ。…そこ、俺の席なんですけど…何やってるんすか?」 知らない人間と話すのなんて、俺としては少々不本意だったけど… 聞かないことには始まらない。 「俺か。俺の名前は木本智紀。 …お前は…?…音神誠人、おとかみまこと…か。良いな」 いや、俺が聞きたいのはそんなこっちゃない。 そして、勝手に人の机あさって、名前調べてんじゃねぇよ。 「おとかみまこと、ねぇ。なんてあだ名付けっかなぁ… …おっちゃんってのはどうだ?」 「嫌です」 最悪だよ。 「そうか。じゃあ仕方ないか。 んで?マコ。お前学校来んの早くねえ?」 ちょっと待て、マコって俺かよ。 それ、女性名だろ? …別にいいけど。 「家に居ても親と喧嘩するだけなんで。 つーか、木本さんこそ何やってんすか?こんなに早くから、高校で」 高校で、を強調しながら言ってみた。 でも、俺こそ何やってんだか。 こんな…不審な人間と話すなど。 いつもなら絶対、こんなに話さない。 「何となく、だよ。何となく会社に行きたくなくて、 何となくスリルを味わいたくなって、 母校でもない高校に忍び込んだ。そんだけ」 …不審だけど、木本さんは別格だ。 その辺の不審者とは格が違う。違いすぎる。 っていうか、忍び込んだのかよ。 …本当だ。正門を通って校内に入った人間にはついている筈の『来校者バッヂ』が、胸につい ていない。 「会社に行きたくなくて…? 会社って、そんな理由で休んで良いんですか?」 「駄目だよ」 だよな。 「じゃあ、何で…」 「何でも何も、自分のやりたい様にやったらこうなっただけだ」 ヤバい、この人凄い。 格好良い。 俺の悩みとか、話してみたい。 この人なら、どんな反応するんだろう。 一笑するか、真剣に考えてくれるか。 …よし、ちょっと言ってみるか。 「あの、木本さん…。俺、初対面の人に、こんな話するのもどうかなって、自分でも思うんですけ ど…木本さんに、相談があります」 俺は下を向いていった。 元々他人には自分の悩みなんて言えないタイプだと云うのも手伝ってか、 声が震えていると、自分でもわかる。 「 ・ ・ ・ 」 木本さんからは何も返事が来ない。 …なんだ? そっと木本さんの方を見ると… 「 ・ ・ ・」 黙々と、俺の教科書を読んでいた。 しかも、世界史(の資料集)…。 「ちょっと、木本さん?」 「ああ、マコ。これ、凄くねえ?アブ・シンベル神殿。 こんなところに造りやがって…もう、インカ人とか凄すぎる」 「落ち着いてください、木本さん。アブ・シンベル神殿は、エジプトです。 建造主は新王国時代第19王朝の王、ラムセス二世、インカと関係ないです。 それに関しては資料集にも中略が付いている筈です」 俺、何でこんなこと言ってるんだろ。 とりあえず話を先に進めよう。 「で、えっと…木本さん。相談があるんですけど…」 「ん、なんだ?まあ言ってみろよ」 「進路について、なんですけど…木本さん、高校卒業後に何してましたか?」 木本さんが進んだ路も、参考になるかもしれない。 「俺?は、普通に大学行ったよ。えっと…国公立の。大学名は…忘れたけど」 いや、普通学校名忘れないよね。しかも国立かよ。頭良いのな。 「どんな学校生活送ってたんですか?留年、とか、サークルは?」 「ん、取ってない講義に出て、取った講義は基本的に休講。 留年はしなかった。サークルは…二桁くらい掛け持ちして、 内三つくらいで会長に就任…会費払ったこと無いのに不思議だ」 …それ、凄すぎますよ木本さん。普通の大学生活とはぶっ飛んでかけ離れているように思えま すけど。 「休講?なのに留年しなかったんですか?単位は?」 「抜き打ちテストの日にはちゃんと行ったからね。 大学は、出席取らないし、ポイントに加算されない。 レポートもそれなりに出してたし」 「…なんで抜き打ちテストの日が事前にわかるんですか…」 「助手君が紙の束抱えて教授室から出てきた日は大体抜き打ちなんだよ」 「・・・。」 思わず言葉に詰まった。 この人は、俺とは次元が違いすぎる。 「まあ、俺はこんな感じ。是非参考にしてくれ」 できるわけねーだろ。 「で、マコ。本題は?」 「はい?」 「俺の大学話なんてのは所謂前座だろ。 マコ、進路相談したかったんじゃねーの? これじゃあ俺が喋っただけだろ」 あ…。 確かに。 木本さんの話のインパクトが強すぎて、忘れてしまっていた。 「あ、で、ですね、俺、専門学校に行きたいんですけど、親に反対されてて」 「んじゃ親にナイショでこっそり通ったら?」 「いや、それはちょっと…」 無理ですよ。 「専門学校って、なんの?」 「デザイナーです」 「へえ。じゃあ美的センスがあるんだ」 「いえ、そんなには無いですけど」 正直に答えた。 小、中と、4以上を取ったことがない。 「え、無いの!?無いのにデザイナーになんの!?なんで!?」 なんでそんなに驚くんだよ。 イライラしてくる。 「…じゃあ、なんで木本さんは会社員になったんですか? 何の会社かは知りませんが。他人と同じだなんて、嫌だと思わなかったんですか?」 「質問を質問で返すなと、学校で習わなかったのか?」 「習いませんよ」 「あー、しかし成程、そういう事か。 自分が他人とは違う、特別な人間だとアピールしたい為にデザイナーになりたいのか」 「いえ、別に…」 そういう訳じゃありません、と、言いたかった。 俺の夢なんです、と、言いたかった。 だが、自分の内にそういった感情があろう事は、否定できない。 実際、さっき俺が言ったことは、正にそれだと思う。 「安心しろよ。自分を特殊だと思ってるヤツは、特殊じゃないから。 皆考えることだ、自分は特別なんじゃないかなんて。 つまりだ。誠人。お前はデザイナーに向いていない。 これはお前が特別なヤツじゃないとか、デザイナーが特別などと言っているわけじゃなくて、 デザイナーになりたいためにその勉強をするのではなく、 特別な人間になりたい故にデザイナーになるヤツは、 あまり成功しないだろうから」 少しだけ真剣な表情で、木本さんが言った。 こんなに、面と向かって自分の考えていた進路を否定されたのに、全然腹が立たない。 母さんに言われた時は、とても腹が立ったのに。 でも、母さんも… 俺の、俺すら気付いていなかった感情を、直感で理解していたのかもしれない。 「さーてと。もうそろそろ行かねーと、人来ちまうぞ、コレ」 「…そうですね。早く帰らないと大変です。 不審者が教室に居たら、火災ベルでも押して、助けを求めたくなりますからね」 「それは俺にベルを押せって事か?」 「…それは俺が不審者だって言ってるんですか?」 「違うのか?」 「違いますよ」 「でも、お前は俺が教室に居ても、火災ベルなんて押さなかったぞ?」 木本さんはにやりと笑った。 つられて俺も、つい笑ってしまった。 木本さんは出入り口へと歩いていき、立ち止まって、僕を振り返って…。 「まあ、いろいろ言ったけど… お前が自分の夢でデザイナーになりてえなら専門学校に行くと良いさ。 親御さんの反対がきつすぎたら、就職してからでも良い。 専門学校なら、仕事片手間に行けるだろ」 …そんなことができるのは、貴方くらいですよ、木本さん。 俺がそう言うと、木本さんはまた笑って… そして木本さんは教室から出て行った。 サラリーマンも、案外格好良いもんだ。 俺は初めてそう思った。 今日、家に帰ったら、母さんとじっくり話し合おう。 今までは、母さんの話を途中で打ち切っていたから。 母さんの意見もちゃんと聞きたい。参考にしたい。 そんなことを考えながら、ふと窓の外を見たら… 高校に忍び込んだ木本さんが、 正門から堂々と出て行く、後姿が見えた。 管理者メッセージ(隠)自分もあと少しで高3か・・・。イヤだな、いろいろと・・・。 戻ろう(図書室へ) |